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#1191

1191
Kiss DN + TOKINA AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4



世界の終りについて。

世界の終り、の「世界」っていったいなんのことだろ。
世界は地球・・・が一般的かな。
核戦争が起こって地球全体を真っ黒な雲が覆って
死の灰が降り積もる・・・
みたいなのがSF映画とかで良くあるパターン。

でも良く考えてみると、地球は広大な宇宙のなかのちっぽけな星でしかない。
ちっぽけな星がひとつやふたつ無くなったくらいで世界が終ったと言えるかな。
地球が無くなったって、ましてやそこに住む生物がいなくなったって、宇宙は変わらない。

けど、そうじゃないね。オレたちにとっての世界は地球。
だって、世界を認識する生物(=人間)がいなくなっちゃったら、世界も何もないからだ。

いや、まてよ。「世界を認識する」という考えでいくと、世界が地球という理論も成り立たなくなるな。
なぜかというと自分が死んでしまったら自分は「世界」を認識できなくなるからだ。
つまり、世界=オレ、だ。

自分が死んでも誰かが世界を認識してる、って意見もあるだろう。確かにそうかもしれない。けどそうじゃないかも。

例えば「生きること」はリアルな夢かもしれない。
オレが頭に作りだしているもの。暑さも、寒さも、雨に湿ったアスファルトの匂いも好きも嫌いも嫉妬も優越感も罪悪感も。現実には無いもので自分の頭で描いてるだけ。
もしくは頭に電極を突っ込まれて無理やり誰かに感覚を操作されているのかもしれない。

夢が終わったら何もかも消滅。世界の終り。

この現実が夢であるということを完全に否定はできないはず。
そうでなくても、自分が死んだら、そのあと世界がそのまま何事もなかったように続くのか、全て無くなってしまうのか、そんなことはわかりようがない。
だってオレ、死んでるんだから。

さて、そこで今日の結論。
その1
死んだあとのことはどうでもいいや。
その2
世界はオレ(オレの頭の中の世界作りだしてる)だからもっとエゴイズムに生きてもいいんじゃないかな。



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最近めっきり余裕がなくなって、何かをボンヤリ考えることがなかったけど、今日は久しぶりにどうでもいいことを考えた。
4kmと少し、日と影と風を交互に受けて、だらだらと歩きながら。

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Comment

lunny | URL | 2012.06.03 22:06 | Edit
例えば私は今TM2さんの文章をパソコンに写して読んでいますが、
私が横を向いてしまえばパソコンごと消滅しちゃうかも知れません。
だから私がいなくなった後のことを心配することだって、人間の身勝手かも知れませんが。
TM2 | URL | 2012.06.03 22:28
lunnyさん。

そう、リンゴが空中に舞い上がることだって無いとは言えないのです。

いや、そんなことよりなにより、こんなおかしな文章を読んでいただいたことに恐縮してしまいます^^;
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